金魚が煌びやかに舞う 「錦魚の舞 2022」制作秘話 - 名古屋マリオットアソシアホテル
愛知県名古屋市の名古屋駅直上にある名古屋マリオットアソシアホテル。
このホテルのロビー展示にて2022/7/29〜9/5までの会期で「錦魚(きんぎょ)の舞2022」が開催されています。
この展示は、丸文観賞魚園様(愛知県飛島村)との金魚の展示企画としては毎年夏に開催しており、今年で8回目。
名古屋マリオットアソシアホテルの夏の風物詩となっています。
今年は、2022年10月に弥富市にオープンを予定している弥富金魚水族館(仮称:YaToMi AQUA)との協力企画として、弥富市と弥富金魚漁業協同組合の後援事業となり、YaToMi AQUAのコンセプトや弥富市を感じる設えを施した、特別バージョンになっています。
丸文金魚園様の金魚展示がメインとなりますが、今回の記事は「弥富のクリエーター特集」として、展示の演出・企画・制作をした愛知県弥富市の鈴木紙工所 鈴木裕一さんと、隠し絵となる深堀隆介さんの絵画をデジタルデータ化して展示に収めることを成功させた同じく弥富市のTME CREATION 小島 教志さんのお二人に制作秘話を伺ってきました。
企画全体のお話は、名古屋マリオットアソシアホテル 横田 友美様に伺いました。
この企画は一体どのようにして完成に漕ぎつけたのか。どんな想いが込められているのか。
展示を見て「わーきれい」だけで終わるのはもったい無い!
制作秘話を本記事にてぜひ知っていただき、そこから展示の実物をご覧いただけると何倍も楽しめると思います。
(取材日:2022年8月17日 名古屋マリオットアソシアホテルにて)
愛知県内の特産を取り上げ、毎回違う展示を企画しているマリオットアソシアホテル
名古屋マリオットアソシアホテルでは、8年前から夏の風物詩として金魚水槽の展示は行ってきたそうです。
さらに近年では県内の特徴や特産を取り上げて展示する企画をおこなっており、一昨年には愛知県豊川市にある菟足(うたり)神社の厄除け風車を飾り、コロナ禍を乗り切るコラボレーションをしました。
今年2022年は、愛知県弥富市にYaToMiAQUAがオープンすることを知り、展示企画がスタートしました。
3年ぶりの行動制限のない夏、ホテルにはビジネス用途以外にも観光やファミリー層の来場も増えると予想し、金魚水槽をさらに華々しく展示したいという思いで進めたと横田さんは仰います。
ホテルのロビーに金魚の生体が200匹、一ヶ月という規模で展示されていること自体が珍しく、これは何年も展示を繰り返してきたノウハウがある丸文観賞魚園さんの協力があってできることだとのことです。
横田さんの生まれは弥富市。
海南病院で生まれたあと、幼少期に引っ越しこそしたものの、祖父母の家は弥富市内にあり、夏休みには弥富に来ては遊び、「弥富に行けば何か楽しいことがある」という横田さんにとって弥富は思い出の場所のようです。
(横田さん)
金魚の水槽には期間中30種類200匹のさまざまな金魚がいまして、弥富市が発祥の品種「桜錦」や手のひら大の大きな金魚、珍しい品種の金魚も泳いでいます。種類が違うと泳ぎ方も違う。そういうところを見てまずは金魚の華やかさを楽しんでいただきたいです。
そして上を見上げると、弥富市広報大使の美術作家 深堀隆介さんの絵が隠し絵になって展示されています。これは深堀さんの空想の金魚を写したものになりますが、現実の生体とはまた違う優雅さを感じてほしいです。
また、設えてある木は豊根村の間伐材であり、土台にある切り絵は鈴木紙工所さんの作品。この素材感は写真や動画ではなかなか記録が難しいと思うので、ぜひ実物を見にきてほしいです。
苦難の連続。空間の総合プロデュースに挑戦した鈴木さん
今回の展示では、金魚水槽は丸文観賞魚園さんの運営となりますが、水槽を取り巻く全体の設えを企画・設計・構築したのは鈴木紙工所の鈴木裕一さん。
株式会社鈴木紙工所 代表取締役社長 鈴木裕一さん
鈴木さんは昨年2021年の金魚展示でも関与しており、弥富の金魚せり市の写真パネルを設えるなど、展示全体をつかって弥富金魚の魅力を伝える企画を成功させるなどしてきました。
2021年の金魚せり市の写真を切り絵を用いた展示企画
そして今年は、前述の「弥富市と連携した企画を」という名古屋マリオットアソシアホテルさんの企画趣旨を受け、空間全体をデザインして企画を推進する総合プロデューサーとして活動されました。
(鈴木さん)
展示に至るまでは苦難の連続でした。多くの関係者と調整を重ねに重ね、トラブルを幾度も乗り越えて現在の形になっていますね。(苦笑)
最初の壁は、弥富を感じる展示内容を考えることでした。
金魚水槽を生かし、YaToMiAQUAとのコラボレーションということは決まっていましたが、他にどんな弥富の要素を入れ、全体としてまとめていくのかは白紙状態。
鈴木さんが頭を捻ってさまざまな案を調査、検討してまとめます。
まず、YaToMiAQUAのテーマを調べ、コラボレーションする内容を決めました。
しかしまだ設計途中の施設であり、詳細に決まっていることが少ない状態でしたが、弥富市担当者とのヒアリングを通して、「愛知県豊根村の間伐材を活用したルーバーを設える」というYaToMiAQUAのテーマを知り、このルーバーを今回の展示にも取り入れることを決めました。
(鈴木さん)
最終的には豊根村に出向いて間伐材を調達したんですけど、想像以上に弥富から遠かったですね(笑) 間伐材の手配寸法にもかなり慎重に調整しました。
次の壁は、土台パネルの設え。
鈴木さんの得意分野である切り絵を用いた装飾をすることに決めたものの、金魚水槽の維持に必要な土台の高さが高く、自社で持っている加工機では一枚の紙に出力できない大きさで、上下に分割して加工する必要があるものでした。
しかし単純に分割するのではなく、扇型に分割することで波を感じさせるデザインを全体に施し、「実際には紙は上下に分かれているのだけれどあたかも1枚の紙からできているように見え、それでいて遠目には波を感じる」。
そんなデザイン構造を鈴木紙工所のスタッフさんと共に編み出しました。
また、切り絵には随所に金魚の絵柄が隠れています。
さらなる壁は、またまた土台パネル。
金魚水槽を置く土台本体は、毎年共通の木製什器を使用するのですが、水槽の濾過器などが土台の中に収まる設計のため、水槽のメンテナンスのために会期中は頻繁に土台を囲うパネルは容易に開け閉めできる必要があり、なるべく重量を軽くする必要がありました。
そこでまた編み出したのは強化ダンボールを用いること。強化ダンボールを用いて全体としては軽量化を図り、そこに間伐材と切り絵を貼り付けて装飾しました。
(鈴木さん)
強化ダンボールを使う点は良かったのですが、パネルが想像以上に反ってしまって、これまで使っているマジックテープでの据え付けではうまくいかないことが設置の直後にわかり、保持用のレールにはめ込む方式に急遽構造の修正をしました。
この方式にした事で取り外しには少し慣れが必要になったため、会期中の夜間に水槽部分でトラブルが起き、緊急対応で警備の方に対応いただく際に外し方がわからず壊れてしまうと言うトラブルも起きました。
しかたがないことだったのですが、朝から緊急訪問して直す羽目にはなりましたね(笑)
そして最大の壁が、上部の隠し絵部分の企画にありました。
当初は、隠し絵ではなくて弥富の金魚の歴史を学べる企画にしようかと考えられたそうです。
しかし、歴史の調査に動いたものの、金魚関連施設や市役所、弥富市歴史民俗資料館を隈無く探してみても展示イメージに叶うような素材がなく断念。
どんな企画を上部に展示しようかと頭で考えているタイミングで、ちょうどホテルの営業と企画の各責任者様と制作者らで弥富市長への表敬訪問のタイミングが訪れます。
そこで市長がお話しされたことが「弥富市の金魚といえば、広報大使の深堀さんの作品もありますね」と言うこと。
安藤市長への表敬訪問の様子
良いアイデアをもらい、深堀さんの作品の展示の方向で検討し始めた鈴木さん。
しかしながら、いくら広報大使といえども、相手は世界的に有名な作家の深堀さん。
気軽に連絡できるものではありません。そもそも展示費用はいくら必要なのだろうか。金魚の生体と想像上の金魚を並べて展示するコンセプトは深堀さんに受け入れてもらえるのだろうか。市長公室に深堀さんが寄贈した絵を使っていいのだろうか….
悩みは絶えません。
鈴木さんは丸文観賞魚園 伊藤さんや、弥富市観光課長さんとも何度も相談し、1つずつ悩みに対処していきました。
そしてなんとか深堀さんへの展示許可のお願いをする段取りをつけられそうなところまで辿り着いたものの、弥富市から鈴木さんに課せられた指令は「確実に深堀さんの絵の展示が実施できると言う実行可能性を検証した上でお願いすることになる。深堀さんにお願いした後に実は難しい案だったので展示できませんでした、ということは絶対にNG」というもの。
鈴木さんは市長公室にある深堀さん寄贈の絵を展示することに決めますが、これをどうやって展示しようか。実物を持っていくわけにはいかないのでスキャンしてプリントしようか、どうやって…?
(鈴木さん)
どうやればデータ化できそうか、同じ弥富市にて活動しているTME CREATIONの小島さんに相談することにしました。2021年の展示でもせり市の高品質な撮影に協力していただきましたし、制作に関するアイデアと実績はお持ちの方なので、なんとか助けてーって感じです。
貴重な絵画作品を超高解像度で撮る。未体験の連続だった小島さんのデータ化プロジェクト
鈴木さんからの相談を受け、深堀さんの作品のデータ化とプリントを行う方法の検討に参画したTME CREATIONの小島さん。
TME CREATION 代表 小島教志さん
大型のスキャナで読み取ることを検討しますが、実行可能な大型スキャナを持つ施設は遠方にあり、何十万円も費用を要し、予算内での実施が難しいことがわかりました。
次に、カメラで撮影する方法の検討に移った小島さん。
(小島さん)
水槽の上部に展示する前提から、プリントするデータの必要なサイズは計算できる状態でした。ただ、そのサイズに十分な解像度のデータを用意するのは簡単ではないことがわかり、どんな方法で撮影するかめちゃくちゃ検討しました。
今回用いたのは、SONY製の一眼カメラに搭載されている「ピクセルシフトマルチ」を使う方法。高解像度の写真を実に16枚撮影して合成、より大きな高解像度データを生成する方法です。
この方式を使う場合、被写体(絵画)も、カメラも全くブレがないようにガッチリ固定し、十分な照明がなされた状態で16枚の連続撮影が必要になります。
撮影当日は、スタッフみんなが息もできないぐらいに静止し、誰も微動だにしない無音の中で、16枚の撮影に成功したそうです。
(小島さん)
撮影はなんとか成功できたのですけど、補正や編集も苦労の連続でした。
どうしてもカメラの撮影では発生してしまうレンズによる歪み。これを補正することも大変でした。
また、データ作成で大きく苦労した点の1つが白抜き作業。
作品の実物は白い紙を背景にして描かれているのですが、展示では間伐材の上に印刷することを決めていました。このため、撮影したデータから白い背景部分を削除して金魚部分を切り抜く必要がありました。
しかし、どこまでが背景でどこまでが作品に必要なパーツかが非常に難しい。
金魚を取り巻くように配置されている点やモヤがあり、これは躍動感を示す必要な絵の一部なのか、はたまた汚れであって切り抜いて削除していいものなのか。
展示用のレイアウトでは収まりきらない部分にあるモヤは切り取ってしまってもいいものなのか、作品として重要な一部であり切り取ってはいけないのか。
実作品は屏風状になっているため、折り目やヒンジがあり、これは残した方が良いのか綺麗に繋いでいいのか。
(小島さん)
削除していいものと残すべきものは、やはり深堀さんに確認しないと判断がつかないので、各パーツを残したバージョンと削除したバージョンなど何パターンもデータは作りまして、何度かやり取りをして、最終データが出来上がりました。
色味の調整は、間伐材の素材色や印刷位置を考慮しながら印刷業者さんとも調整が必要なのですが、テストプリントも何度も見て、これも大変でしたね。
印刷協力のプリントス株式会社さん
(鈴木さん)
超解像度の撮影はすごかった。小島さんにお願いして良かったと思います。間伐材は1本の木の正しい順番になるように並べたかったので、その木の模様や節の位置を考慮して金魚2匹のレイアウトをミリ単位で決めていきました。
ミニチュア模型も作り、深堀隆介事務所さんとの確認調整を重ね、何度も何度も確かめました。
そういえば、木枠を外す手配も大変だったよね。
木目と深堀さんの絵が印刷されたミニチュア模型を持つ鈴木さん
展示上部のルーバー部分の間伐材は、並ぶ順序や位置も考えられている
深堀さんの市長公室に寄贈された絵には、木枠(額)がはめられていましたが、撮影に際してこれを外す必要がありました。
しかし、専用の建具組合の職人さんでないと外すことはできないと言うことがわかり、鈴木さんが組合と調整して、外す手配をしていただく段取りをつけました。
撮影当日は、建具組合から6名の職人さんが手配され、無事に木枠がはずされて、撮影できました。そして撮影後には絵画と枠の間に埃が入らないように精密な作業で木枠が戻され、再度、市長公室に飾られています。
(小島さん)
建具組合さんの作業はまさに職人技でしたね。貴重な作品を取り扱うための配慮が自然とされていて、とても素人には無理な作業。相談して正解だったと思います。
こうして出来上がった深堀隆介さんの作品が印刷された間伐材。
最終的に深堀隆介さんの事務所を通じて調整がなされ、何度か調整した末に展示許可に漕ぎ着きました。
そして、間伐材をライトアップして金魚水槽の上に掲げ、隠し絵としての演出も実現。弥富を感じながらYaToMiAQUAのコンセプトともコラボレーションしているという最高の設えが完成したのです!
多くの人に関わってもらって出来上がったこの展示を皆さんに見てほしい
最後に、みなさんから来場者への見どころやメッセージをいただきました。
(鈴木さん)
この展示プロジェクトは本当に予想以上の関係者に関わっていただき、映画一本取れるんじゃないかと言うぐらいドラマがありました。完成した展示を観ると感慨深いものがありますね。
苦労は連続しましたけど、こうやって人とたくさん繋がって関わって、世の中に作品が生み出せることは本当に嬉しいことです。
もちろん展示の主役は丸文鑑賞魚園さんの金魚なので、金魚を見て楽しんでいただきたいですが、これを取り巻く設えにも注目してもらえると嬉しいです。
設えを見ていただくだけではなかなか伝わらないと思いますけど、このインタビュー記事を読んでもらって、展示に至るまでの背景を知っていただいてから展示を見ていただけると良いですね。
(小島さん)
本当に、展示されているパーツの1つ1つにドラマと思いとこだわりがあるものになりましたね。
全体を眺めて展示の美しさを感じた後に、金魚水槽、深堀さんの隠し絵、間伐材、切り絵など、細かな作りを1つ1つ見ていただきたいなと思います。
(横田さん)
お二人に協力していただいて実現した展示になっています。また、金魚水槽の運用は、金魚生体の健康を第一に考え、毎朝ホテル側で水槽の動画を撮影して丸文観賞魚園さんに様子を送り、緊急対処が必要なことはないか確認しています。毎日丸文さんにお越しいただいて、メンテナンスをしています。
YaToMiAQUAのコンセプトの良さをここで感じ取っていただき、10月にはオープン予定の弥富市のYaToMiAQUAにもぜひ足を運んでほしいですね。
インタビューにご対応いただきましたお三方、ありがとうございました。
名古屋マリオットアソシアホテルでの企画展示「錦魚の舞 2022」は2022/9/5まで展示中。
みなさまぜひ実物をご鑑賞ください。
■錦魚の舞 2022
展示場所:名古屋マリオットホテル 15Fロビー
住所:愛知県名古屋市中村区名駅1-1-4
開催期間:2022/07/29(金)〜2022/09/05(月)
入場:無料
企画後援: 弥富市/弥富金魚漁業協同組合
企画協力: 豊根村/豊根森林組合/プリントス株式会社
展示制作: 丸文観賞魚園/株式会社鈴木紙工所
https://www.associa.com/nma/event/54013824660c040ff509a5/
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